さて、今日もひっそり旬を過ぎたニュースにぼそぼそと。

高校生が自殺して、高校教師の体罰問題が話題に上がりましたね。

当然2chをはじめとしてネットで大盛り上がりです。

体罰が何で駄目?

単純な話。人を殴るのは悪いことじゃん。

じゃあ、いいって考えている人は異常者?

NO

彼らもまた常識的な思考で考えている。

駄目って言うのも正しいし、いいって言うのも正しい。

場合によりけり。ケースバイケース。

でも、それってどっちつかず。結局確からしい指針みたいなのがあれば人は満足するわけ。

それはね、人が何故殴るかによる。

答えは『何故』

これがカギだと私は思う。

体罰が何のために行われたのかによって、答え方は違う。

そりゃ確かにむかつくから殴るなんて道理に反しているし、これは悪いこと。

だけど昔のドラマよろしく、彼を立ち直らせるために殴る、ていうのはよくある話だし、その手段として体罰がほかの手段よりも優れているならそれは正しいことだと思う。

もっと言うなら殴らないとわからないような、ドがつく頑固者なら殴らないと仕方ないでしょ。

多少パタナーリスティックかもしれないけど、彼の為を思って殴るのなら、それは決して悪じゃない。

今回も多分、このケースだと思う。彼の為を本当は思ってるのかもしれない。殴った側の視点が乏しい報道と意見が少し目立つけど。

でも彼は自殺した。

確固たる行為を示した。自分は体罰によって傷つき、そして自らを否定しないといけないくらいに追い詰められていたということを身体で示した。

殴られた視点はこうだ。

例えどれだけ教師が説明しようと、どれだけ彼の為だと叫ぼうと、彼が自殺と言う行為で示した痛みは、その主張を塗りつぶすだろう。

今回の問題、別に体罰が主題じゃないの。

だって、体罰なんて所詮、原始的な教育上の一手段。取る取らないはもとより教育者にゆだねられているんだし、それ自体に責任がない。

それだけの手段を取った教師に問題がある。

他の生徒は体罰されても応援した?

教育は基本フェイストゥーフェイスなんだから、彼のやり方にあってるあってない人間なんている。そんなケースいくらでもある。

その体罰という教育方針にあった生徒もいた。

だけど合わない生徒だっていた。なのにこの教師は自分の方針を頑として変えなかった。自分が正しいと驕って相手を追い詰めた。

結果として彼は最期に抵抗した。

何が言いたい?

当たり前の結論しか言わないです、私は。

つまるところ、体罰が悪いんじゃなくて、体罰を振るった体育教師がなにより悪い。

お前こそ二、三回殴られて教育されてこい、そんな頑なな教育方針で今後何人生徒を殺す気だよ。

そんな事をぼんやりと思いながら、今日も私は市民に怒られつつ、上司から与えられた仕事を黙々とこなすのでした。

いやぁ、ほんと市民は幸福で完璧ですね(ニッコリ