翌日。
帰ってきた僕らを待ち受けていたのは、死よりも恐ろしい絶望だった。
「お兄ちゃん……あれ」
「……何してるんだよてめぇ」
惚ける妹をよそに、僕は鞄を投げ捨て自宅に駆け寄る。
そして自宅の傍に寄せて停車している引っ越しのトラックに棚を積み上げていく引っ越し業者をひっつかんで投げ飛ばした。
「ぎゃ!」
「答えろ!ゴミクズどもが!誰に頼まれたぁ!」
「いだい……やめ……」
「答えろぉ!」
トラックのフレームが人の頭の形に凹むくらいに、俺はアルバイトの男の後頭部を何度もトラックにぶつけて、飛び散る血しぶきに目を細める。
そして気絶したのか白目をむいてその場に崩れ落ちる男の脇腹を蹴飛ばすと、俺は引き寄せられるように家の中へと入った。
家の中はほぼもぬけの殻だった。
リビングの家財は全て運び終え、二階の俺の部屋のものはほとんどなく、今引っ越しの業者が妹の部屋に入ろうとしているところだった。
後は頭に血が上り、視界が真っ白になった。
断片的に覚えているのは、ブルージャージを着た男が狭い家中を逃げまどい、壁に頭をめり込ませる瞬間。
壁に立てかけた時計盤を男の頭にたたきつける瞬間。青あざが顔中に出来上がるくらい、馬乗りになって殴りつける瞬間。
そしてゴリッと骨をへし折る拳の感触。
「はぁ……はぁ……」
―――気がつけば俺は、家の玄関をくぐり外に出ていた。
中は壁や天井に血が飛び散ったりして、気絶した人がそこらへんに転がっているのが紅く血走った視界の端に見えた。
そして視界の端に、妹が叫ぶ姿が見えた。
「お兄ちゃん!お兄ちゃああん!」
困ったような表情をする黒服の男二人につかまれ、前のめりに俺を呼ぶ大切な妹の姿が見えた。
そしてその隣に、ムスッと顔をしかめる和服姿の女が見えた。
忌々しい―――俺の母親の姿だった。
「――どの面下げてここに来たぁ!」
「あなたを迎えに来ました」
「妹を離せぇ!」
俺は前のめりに飛び出すままに、目を血走らせ獣のように四つん這いで走り出して黒服の二人を突き飛ばそうとする。
と黒服の男の一人が懐に手を伸ばす。
グリップを握り小さな拳銃を取り出す――
「チャカが怖くて兄貴やってられるかぁああ!」
懐に潜り込むままにすばやく脚を蹴飛ばし、相手の顎に頭突きをして、最後に重たい拳を一撃、腹が突き破れるくらいに叩きこんでは、黒服の男はその場に吹き飛んでアスファルトに転がる。
俺はそのままもう一人の黒服から、妹をひきはがし、彼女の手を取り後ずさる―――
「いい加減にしなさい、達也」
ゴツリと後頭部に突き付けられる重たい感触。
足を止めるままに俺は首一つ動かさず、顔をしかめるままに身体を低くしたまま、目だけでわずかに後ろを振り返った。
そこには冷たい表情で俺を見下ろす女の姿があった。
手には小さな拳銃が握られていた。
「……伝統と格式の先にあるのがその拳銃かよ……旧家が聞いてあきれる……!」
「口だけは達者ね。……でもダメ、あなたたち二人をおじい様は待っている」
「俺達の家を返せ……!」
「ガキが偉そうに」
「奪った分際でほざくなぁあああああ!」
身体をよじり大きく弧を描いて振り返るままに発破音と硝煙が飛び散って、かわそうとする俺の方を弾丸がかすめていく。
ブシュッと服を抉り方を引き裂いて飛び散る血肉。
視界が明滅するほどの痛みに俺は顔をしかめると、身体をよじった拍子によろめくままに身体を地面に横たえると、弾丸をかすめた肩を押さえた。
「いてぇ……クソ女が……!」
「お兄ちゃん……お兄ちゃん!」
血が大量に滲み、痛みに視界がグニャリと歪み、身体がどんどんと力が抜けていく。
涙を浮かべた妹の姿が視界の中から遠のいていく―――
―――立たなければ。
立たなければ妹が殺される。
こんなくだらない女に、こんなくだらない運命に、妹が巻きこまれていく―――
ふつふつと胸の奥から湧き上がる憎悪と殺意と吐き気。
僅かに吐しゃ物を口から吐き出すままに、俺は肩を押さえ立ち上がると、震える妹をかばい、拳銃を突きつける女の前に立ちあがった。
そして近づいてくる黒服の困惑した様子を横目に、俺はこの女から後ずさる―――
「……返せ……俺達の日常を……!」
「私が与えたもの。私が返してほしいくらいよ」
「子は親の道具か……!」
「自立せねばそれもまた止む無し――達也も薄々気づいているんじゃない?だから涙ぐましくバイトの準備とかしているようだったし」
「俺は自分の力でリナを養う。俺だけの力で!」
「これ以上話すのは無駄ね。おじい様が呼んでいるの」
―――女は引き金を引いた。
「手を煩わせないで、お願い」
「がぁ!」
胸に打ち込まれる重たい衝撃に、僅かに身体をくねらせるままに、俺は後ずさりやがて、足に力が入らず地面にあおむけに倒れた。
「お……お兄ちゃん、お兄ちゃぁああああああああああああああん!」
ジワリ……
服に滲んでいく熱い感覚。
熱っぽさと肌寒さが全身を覆っていき、やがて手足がしびれるままに、動かなくなっていくのがわかった。
視界が徐々に霞み、その視界の端が黒ずんでいき、夕焼け空の見える範囲がどんどんと狭まっていくのがわかった。
徐々に世界が闇に沈んでく。
身体の感覚がぽっかりと空いた胸から引きずり出されていく。
ああ。
俺―――死ぬんだ。
妹を守って、死ぬんだ―――
妹は、独りになって――――――ダメだ……ダメだ……!
「リナ……リナ……!」
「お兄ちゃん、やだ、死なないで……なんでなんでよぉおおおお!お兄ちゃぁああん!いやぁあああああああああああああああ!」
手を強く握りしめる――――妹の両手の熱っぽさすら――――徐々に遠のいていく。
僕の意識が―――消える――――死ねない―――まだ――――死ねない―――
リナ―――――
帰ってきた僕らを待ち受けていたのは、死よりも恐ろしい絶望だった。
「お兄ちゃん……あれ」
「……何してるんだよてめぇ」
惚ける妹をよそに、僕は鞄を投げ捨て自宅に駆け寄る。
そして自宅の傍に寄せて停車している引っ越しのトラックに棚を積み上げていく引っ越し業者をひっつかんで投げ飛ばした。
「ぎゃ!」
「答えろ!ゴミクズどもが!誰に頼まれたぁ!」
「いだい……やめ……」
「答えろぉ!」
トラックのフレームが人の頭の形に凹むくらいに、俺はアルバイトの男の後頭部を何度もトラックにぶつけて、飛び散る血しぶきに目を細める。
そして気絶したのか白目をむいてその場に崩れ落ちる男の脇腹を蹴飛ばすと、俺は引き寄せられるように家の中へと入った。
家の中はほぼもぬけの殻だった。
リビングの家財は全て運び終え、二階の俺の部屋のものはほとんどなく、今引っ越しの業者が妹の部屋に入ろうとしているところだった。
後は頭に血が上り、視界が真っ白になった。
断片的に覚えているのは、ブルージャージを着た男が狭い家中を逃げまどい、壁に頭をめり込ませる瞬間。
壁に立てかけた時計盤を男の頭にたたきつける瞬間。青あざが顔中に出来上がるくらい、馬乗りになって殴りつける瞬間。
そしてゴリッと骨をへし折る拳の感触。
「はぁ……はぁ……」
―――気がつけば俺は、家の玄関をくぐり外に出ていた。
中は壁や天井に血が飛び散ったりして、気絶した人がそこらへんに転がっているのが紅く血走った視界の端に見えた。
そして視界の端に、妹が叫ぶ姿が見えた。
「お兄ちゃん!お兄ちゃああん!」
困ったような表情をする黒服の男二人につかまれ、前のめりに俺を呼ぶ大切な妹の姿が見えた。
そしてその隣に、ムスッと顔をしかめる和服姿の女が見えた。
忌々しい―――俺の母親の姿だった。
「――どの面下げてここに来たぁ!」
「あなたを迎えに来ました」
「妹を離せぇ!」
俺は前のめりに飛び出すままに、目を血走らせ獣のように四つん這いで走り出して黒服の二人を突き飛ばそうとする。
と黒服の男の一人が懐に手を伸ばす。
グリップを握り小さな拳銃を取り出す――
「チャカが怖くて兄貴やってられるかぁああ!」
懐に潜り込むままにすばやく脚を蹴飛ばし、相手の顎に頭突きをして、最後に重たい拳を一撃、腹が突き破れるくらいに叩きこんでは、黒服の男はその場に吹き飛んでアスファルトに転がる。
俺はそのままもう一人の黒服から、妹をひきはがし、彼女の手を取り後ずさる―――
「いい加減にしなさい、達也」
ゴツリと後頭部に突き付けられる重たい感触。
足を止めるままに俺は首一つ動かさず、顔をしかめるままに身体を低くしたまま、目だけでわずかに後ろを振り返った。
そこには冷たい表情で俺を見下ろす女の姿があった。
手には小さな拳銃が握られていた。
「……伝統と格式の先にあるのがその拳銃かよ……旧家が聞いてあきれる……!」
「口だけは達者ね。……でもダメ、あなたたち二人をおじい様は待っている」
「俺達の家を返せ……!」
「ガキが偉そうに」
「奪った分際でほざくなぁあああああ!」
身体をよじり大きく弧を描いて振り返るままに発破音と硝煙が飛び散って、かわそうとする俺の方を弾丸がかすめていく。
ブシュッと服を抉り方を引き裂いて飛び散る血肉。
視界が明滅するほどの痛みに俺は顔をしかめると、身体をよじった拍子によろめくままに身体を地面に横たえると、弾丸をかすめた肩を押さえた。
「いてぇ……クソ女が……!」
「お兄ちゃん……お兄ちゃん!」
血が大量に滲み、痛みに視界がグニャリと歪み、身体がどんどんと力が抜けていく。
涙を浮かべた妹の姿が視界の中から遠のいていく―――
―――立たなければ。
立たなければ妹が殺される。
こんなくだらない女に、こんなくだらない運命に、妹が巻きこまれていく―――
ふつふつと胸の奥から湧き上がる憎悪と殺意と吐き気。
僅かに吐しゃ物を口から吐き出すままに、俺は肩を押さえ立ち上がると、震える妹をかばい、拳銃を突きつける女の前に立ちあがった。
そして近づいてくる黒服の困惑した様子を横目に、俺はこの女から後ずさる―――
「……返せ……俺達の日常を……!」
「私が与えたもの。私が返してほしいくらいよ」
「子は親の道具か……!」
「自立せねばそれもまた止む無し――達也も薄々気づいているんじゃない?だから涙ぐましくバイトの準備とかしているようだったし」
「俺は自分の力でリナを養う。俺だけの力で!」
「これ以上話すのは無駄ね。おじい様が呼んでいるの」
―――女は引き金を引いた。
「手を煩わせないで、お願い」
「がぁ!」
胸に打ち込まれる重たい衝撃に、僅かに身体をくねらせるままに、俺は後ずさりやがて、足に力が入らず地面にあおむけに倒れた。
「お……お兄ちゃん、お兄ちゃぁああああああああああああああん!」
ジワリ……
服に滲んでいく熱い感覚。
熱っぽさと肌寒さが全身を覆っていき、やがて手足がしびれるままに、動かなくなっていくのがわかった。
視界が徐々に霞み、その視界の端が黒ずんでいき、夕焼け空の見える範囲がどんどんと狭まっていくのがわかった。
徐々に世界が闇に沈んでく。
身体の感覚がぽっかりと空いた胸から引きずり出されていく。
ああ。
俺―――死ぬんだ。
妹を守って、死ぬんだ―――
妹は、独りになって――――――ダメだ……ダメだ……!
「リナ……リナ……!」
「お兄ちゃん、やだ、死なないで……なんでなんでよぉおおおお!お兄ちゃぁああん!いやぁあああああああああああああああ!」
手を強く握りしめる――――妹の両手の熱っぽさすら――――徐々に遠のいていく。
僕の意識が―――消える――――死ねない―――まだ――――死ねない―――
リナ―――――
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